
「Coupa Inspire World Tour Tokyo 2026」のセッションにおいて、来場者の強い関心を集めたのが株式会社INPEXとアビームコンサルティング株式会社による共同登壇セッションです。
AI関連の華やかなテーマが目立つ中で提示されたのは、「調達改革を成功に導く、ものすごく泥臭く、ものすごく大切なお話」という極めて実践的なアジェンダでした。
エネルギー大手のINPEXはいかにして業務改革(BPR)を完遂し、クラウド型の総合支出管理プラットフォーム「Coupa」への標準化(Fit to Standard)を貫き通したのか?その裏側にあるプロジェクトの熱量と、現場のハレーションを乗り越えた「覚悟」に迫ります。
1. 「新システム導入=すべてが良くなる」は幻想:INPEXが挑んだCoupa導入の成果
エネルギー開拓・生産でグローバルに事業を展開し、年間約3,800億円の調達規模を誇るINPEX。同社は2023年11月よりCoupa導入プロジェクトを開始し、2025年2月に本格稼働(Go-Live)を迎えました。
次世代基幹システム(S/4 HANA)の構築と並行する形での先行導入という挑戦的なスケジュールでしたが、稼働からわずか数ヶ月で目覚ましい成果を叩き出しています。
導入直後の主な成果
- 圧倒的な業務効率化の獲得:自部門(資材バイヤー)の68%、全社ユーザーの33%が「1トランザクションあたり15〜30分以上の業務時間短縮」を実証。
- サプライヤー連携の完遂:主要な通常取引先の90%以上(601社)が混乱なくCoupa Supplier Portal(CSP)へのオンボーディングを完了。
ここで印象的だったのは、INPEXの中川氏が「全社の残り3割のユーザーから『かえって入力工数が増えた』というネガティブなアンケート回答があった」という事実を隠さず明かした点です。

「過去にメールや電話だけで自由に発注していた人からすれば、システム上で正しくデータや証憑を登録する運用は工数増に映ります。しかし、可視化できない野良支出が蔓延する状態ではガバナンスも効きません。管理を厳格化したにもかかわらず、全社の3割以上が明確に『楽になった』と実感し、トラブルなくハイパーケアを1.5ヶ月で終えられたことはポジティブな大成功です」(INPEX 中川氏)
2. 「Fit to Standard」を目指した、過去からの教訓
なぜ同社は既存の業務に合わせてシステムをカスタマイズするのではなく、システム標準に業務を合わせる「Fit to Standard(F2S)」に徹底的にこだわったのでしょうか?
背景にあったのは、かつて運用していたSAP ECC導入時の「痛烈な反省」でした。
当時、旧システムの機能をそのまま無理やり再現しようと「犬をネコに寄せるような魔改造(過度な追加開発)」を施した結果、些末な設定変更ひとつに膨大な影響調査とテスト工数が発生し、システムの維持費・運用負荷が膨大化してしまったのです。
Fit to Standardがもたらす4つの本質的メリット
アビームコンサルティングの川俣氏は、ベンダー目線ではなく「顧客の未来」を見据えたF2Sの真価を以下のように整理しました。
- 最新テクノロジーの継続的な享受:バージョンアップの恩恵を止めることなく受け続けられる。
- メンテナンスコストの劇的な低減:保守・改修の沼から解放される。
- グループ・海外展開の容易性:標準化されたプロセスだからこそ、他拠点への横展開がスピーディにできる。
- 外部リソース(BPO/APO)の活用:標準化された業務ルールだからこそ、外部への業務委託やアウトソーシングが容易になる。
3. 要件定義で「どうしたいですか?」は絶対NG!貫き通すための3つの規律
「Fit to Standardを目指す」と口で言うのは簡単ですが、実際の要件定義の場では現場から「今まで通りのやり方がいい」「この機能がないと困る」という激しい抵抗が生まれます。
INPEXとアビームコンサルティングのタッグは、この壁を打ち破るために3つの鉄の規律を定めました。
【規律 1】「Fit to Standard」文化の洗脳的定着
要件定義セッションの冒頭で「F2Sが絶対前提である」ことを刷り込みのように繰り返し宣言する。
【規律 2】「ガチンコスタンダード」ベースのプロセス設計
現場にオープンに「どうしたいですか?」と聞くのは絶対NG。
「Coupaの標準機能ではこうなりますが、本当にできませんか?」というFit/Gap型アプローチを徹底する。
【規律 3】プロジェクトリーダー陣の強固なスクラム
推進側(INPEX)と支援側(アビーム)のリーダー陣が足並みを揃え、妥協しない姿勢を全社に示す。
特に「どうしたいですか?」と聞かないアプローチは、現場の意見を無視することではなく、「過去のやり方に対する感情の先にある、本当の業務目的(真理)を訴求するための工夫」でした。
4. 現場のハレーションを乗り越える膝詰めの覚悟
標準機能にどうしても収まらないギャップや、現場からの強いハレーションにどう対応したのか。その回答に、本セッションの一番の泥臭さと熱量が詰まっていました。
例えば、どうしてもCoupaの標準機能だけで適合しなかった「貯蔵品管理プロセス」においては、アビーム側が徹底的に業務を深掘りし、影響範囲を定量化した上で「Coupaの強みを最大限生かす複数の代替設計案」を提示して着地点を見出しました。
また、最もハレーションが予想された地方の現場拠点へは、あえて第三者であるコンサルタント(川俣氏)が直接出向き、東京から往復約6時間かけて対面で膝を突き合わせる交渉を行いました。

「単に現場の不満に『寄り添う』だけでは、結局元のカスタムシステムに戻ってしまいます。必要なのは、軸を持ちながら対話を恐れず『向き合う』こと。現場の感情の先にある心理まで対話し切る覚悟が、プロジェクトを成功に導きました」(アビームコンサルティング 川俣氏)
5. 【まとめ】一瞬の痛みを避けて、未来を捨てますか?
セッションの締めくくりとして、登壇者からこれから改革に挑む参加者へ力強いメッセージが送られました。
「『新システムを導入すれば全てが勝手に良くなる』というのは幻想です。F2Sを進めれば、一時的に現場の入力や管理の手間が増える部分も必ず出てきます。そこを誤魔化さず『すみません!ガバナンスのためにご協力ください』と真っ直ぐ伝える姿勢が大切です。変革のために波風を立てることを恐れないでください」(INPEX 中川氏)
「一瞬の痛みを避けて、未来を捨てますか?」(アビームコンサルティング 川俣氏)
システム改革とは、単にツールを入れ替える作業ではありません。妥協のない指針を掲げ、社内外に強固な仲間をつくり、現場の真理に向き合い続ける。これこそが、AI時代においても決して変わらない「変革成功の唯一の道」だと確信できるセッションでした。