デロイトグループの日本法人であるデロイトトーマツコンサルティング合同会社では、監査保証業務とコンサルティングを手がける一方、AIソリューションの開発と支援にも取り組んでいます。関税問題や地政学リスクなど調達部門を取り巻く環境が複雑化していくにも関わらず、人員増加が困難な状況下でいかに業務を高度化していくか。その鍵を握るのが生成AIです。
2025年7月29日、Coupa主催の「Inspire World Tour Tokyo〜持続的成長を実現する支出変革とAI活用の未来〜」に、デロイトトーマツコンサルティング合同会社(以下、デロイト)サプライチェーン&ネットワークオペレーションユニット マネージャーの芳賀正嗣氏が登壇。グローバル先進企業の動向を示す「デロイトCPO調査」2025年版のデータをもとに、生成AIが支える戦略的価値創出についてうかがいました。
調達部門を取り巻く環境変化には生成AIの活用が不可欠
デロイトグループの日本法人で、監査保証業務とコンサルティングに取り組むデロイトトーマツコンサルティング合同会社(以下、デロイト)では、AIの専門部隊を編成し、AIソリューションの開発と支援に取り組んでいます。調達購買領域においても、生成AI活用を支援しています。
芳賀氏は冒頭、調達部門が直面している厳しい現状を説明。関税問題や戦争・紛争のリスク、M&Aの進展など、サプライヤーとの関係性には様々な課題がつきまといます。一方、ESGやサステナビリティ対応は変化が激しく、準拠することで手一杯になりがちですが、納期調整やコスト交渉も欠かせません。
調達部門に求められる業務は高度化の一途をたどっている中、多くの企業では人材が確保できないまま業務量が増大する状況に直面しています。このような課題を解決する手段として、芳賀氏は生成AIの台頭に注目しています。
先進企業のAI投資は人材育成とセット
芳賀氏は、デロイトがグローバルで実施した世界各国のCPO(調達責任者)を対象にした「デロイトCPO調査」2025年版のデータをもとに、世界の先進企業におけるAI活用の動向を紹介。多くのCPOがDXと生成AIを重視していることが明らかになりました。
コスト削減や業務効率の向上、組織の有機的拡大、リスク管理の強化を支え、それらを高度化するものとして生成AIが注目されているというのです。
「生成AIの導入と合わせて欠かせないのが人材投資」と芳賀氏。生成AI導入の先進企業では、次世代ソリューションやAIへの投資と同時に、人材開発にも積極的に取り組んでいます。
実際、人材開発に力を入れている先進企業のROIは、一般企業の1.6倍を大きく上回る3.2倍に達することが明らかになりました。「AIを活用して変革を起こすのはあくまで人間」であり、AI技術だけでなく人材育成への投資が重要なのです。
芳賀氏は次に、生成AI活用による価値創出について興味深い調査結果を紹介。従来重視されてきた生産性向上や支出管理の改善を上回り、「分析および意思決定の強化」が最も期待される効果として挙げられているといいます。芳賀氏は、生成AIの活用が単なる効率化から新しい戦略的価値創出へと転換しつつあると強調します。
また、芳賀氏は独自の視点で、AIの活躍できる領域として「ナレッジ管理の改善」を提示。生成AIの最大の特徴は、自然言語のような非構造化データを直接処理できる点です。
従来のシステムでは整形が必要だった決算資料、図面、ニュースなどの情報を、自然言語処理により即座に取り込んで分析が可能。生成AIを効果的に活用することで、Coupaなどで構造化された社内のナレッジと、世界の最新動向のような非構造化データを突き合わせた、戦略的提言を発信していけるようになります。
生成AIによる戦略的価値の創出
芳賀氏は、生成AIによる戦略的価値の創出について、2つの例を示します。
提案依頼書作成の領域では、過去実績や市場データ、自社の調達規定を生成AIにインプット。購買依頼部門から直接生成AIに質問することで、調達規定や最新の動向を踏まえて最適なサプライヤーを選定し、RFx(依頼書)の素案作成までを一気通貫で実現できます。
芳賀氏は、さらに先進的な取り組みとして「AIエージェント」を活用した業務変革について解説します。AIエージェントとは「調達の各担当者のような一人ひとりの担当者をイメージした、自律的に連携して複雑な業務を実行する」システムです。
従来の生成AI活用では、各担当者がAIに個別に指示を出し、その都度出力をレビューして追加指示を行うという、いわば人間主導のプロセスが必要でした。一方、AIエージェントを活用した業務設計では、人間は最初に方針指示を行うだけで、その後はAI同士が自律的に連携して業務を進行させます。
例えば「市場の最新動向や自社のカテゴリー戦略、サプライヤー交渉戦略を踏まえたRFx(依頼書)の作成」を依頼すると、タスクを具現化するAIが支出・市場分析担当やカテゴリー戦略担当などの各AIに指示を出し、各AIが自律的に作業を進めて最終的な成果物を作成します。
一方で、「業務設計においては、随所に人間を介在させることが重要」と芳賀氏は指摘します。AIエージェントの活用では、プランの承認や中間成果物のレビューなど、適切なポイントで人間が関与できる仕組みを組み込むことも可能です。それにより、ブラックボックスになってしまい、情報の精査に時間がかかる状況を防げます。
生成AI導入を成功させる3段階アプローチ
では、生成AIの導入を成功させるためには、どのように取り組めばよいのでしょうか。芳賀氏は「大きく考える→構想を練る→小さく始める」という3段階の手法を提唱します。
まず「大きく考える」段階では、AIの可能性を最大限理解した上で将来ビジョンを描くことが重要です。
芳賀氏は、従来の業務への最適な活用から考えると「個別最適なAIになってしまい、次の導入の足かせになる」と指摘します。こうしたリスクを避けるためには、最新のAI動向や未来像を把握した上で、調達部門や会社全体でのAI活用方針の策定が欠かせません。
次の「構想を練る」段階では、大きなビジョンを踏まえてファーストステップを決定。現在の技術レベルや自社のインフラ状況を考慮し、どの領域から着手するかを明確にします。
最後の「小さく始める」段階では“民主化”が重要であると芳賀氏。 「誰もが使いやすいものを導入し、まずは効果を実感して仲間を増やす」アプローチにより、AI活用への理解と支持を組織内に浸透させていくのです。成功体験を積み重ねることで「この業務で使えるなら、隣の業務にも使えるのでは」という発想が生まれ、自然な形で適用領域を拡大させることができます。
これらのステップにより「今までできなかった業務」に人員をシフトし、調達部門の価値を飛躍的に高めていくことが重要だ、と芳賀氏は強調します。
生成AI導入に欠かせない3つの問い
芳賀氏は、生成AIを導入するための社内環境の整備に対し、3つの問いを投げかけます。
- 生成AIの可能性を最大限引き出した将来のビジョンが描けているか
- 変革を進める上で最も重要な課題を特定し、優先順位を明確にできているか
- 次世代技術と調達スキルを兼ね備えた専門家を引き付け、成長させ、維持する人材戦略を定義できているか
今後、非構造化データの活用やAIエージェントによる自律的業務処理など、より高度なAI活用が望まれる中、調達部門は従来の購買業務から戦略的パートナーへと役割を進化させていく可能性があります。
「最初の一歩を踏み出してしまえば、効果を実感いただけるのではないか」という芳賀氏の言葉通り、まずは小さな成功体験から始めることが、生成AI導入を成功させる第一歩となりそうです。