「サステナブル経営」とは社会の変化に対応し、自らも能動的に変化
アフターコロナの時代を目前にするも、国際情勢、資源高、円安、気候変動など不確実性の要因は枚挙の暇もないほどに数多く、先端的なデジタル技術の登場により、既存のビジネスモデルも変容、あるいは“破壊”を迫られる時代が継続しています。
冒頭、入山氏は今回のセッションのキーワードである「サステナブル経営」について、その重要性に言及。「変化の激しい時代に長期視点で、社会や環境の問題を解決する。それと同時に自らが能動的に変化し、イノベーションを起こし持続的に新しい価値を生み出していく。その両立が業種業界問わずどんな企業にも求められています。」
購買調達においてもより効率的で、イノベーティブなサプライチェーンの構築、転換が欠かせない時代の到来を指摘します。
今こそ日本企業を蝕んできた「経路依存性」から脱却するチャンス
「変わる」ことの重要性を理解しながらも、日本企業において変化への対応、イノベーション創出の遅れが久しく言われているのはなぜか。入山氏は理由として経営学でいう「経路依存性」を挙げます。
「会社には様々なルール、システムが存在し、それらパーツがパズルのようにかみ合うことで回っています。逆を言えば全体がうまくかみ合っているからこそ、1つのパーツだけ変えると、うまくいかなくなる。これが経路依存性の正体です」(入山氏、以下同)。
例えば、ダイバーシティ経営。異なる属性の人を大量に採用しても、新卒一括採用やメンバーシップ型雇用といった雇用制度、評価制度の見直しなくしてはうまくいきません。イノベーション創出に必須となるDX(デジタルトランスフォーメーション)も、デジタル導入のみを進め、組織変革が置き去りにされていることが要因だといいます。
今後、重要なのは組織全体をこれからの未来にどう合わせ、変えていくか。
実は、コロナ禍を機に強制的に“働き方改革”が推進されたように、今こそ、会社全体が「変わる」ビッグチャンスが到来。「経路依存性から脱し、イノベーション、DXを進める上で、この数年が非常に重要な意味を持つと捉えています。」
知の探索と知の深化をバランス良く行う「両利きの経営」
サステナブル経営に欠かせないイノベーションを生み出す組織に変わるには、どうしたらいいのか。ここで入山氏が挙げる経営学のキーワードが「両利きの経営(Ambidexterity)」です。
「イノベーションとは“既存知と既存知”の新たな組み合わせから生まれます。」“イノベーションの父”と言われる経営学者のシュンペーターが80年前に「新結合(new combination)」という言葉で提唱し、今もイノベーション研究における根本的な原理とされています。
しかし、日本企業の多くは同質性が高い組織の中で、長く目の前の知と知の組み合わせに終始し、もはや斬新な組み合わせが生まれにくい状況にあると指摘します。
そこから脱却するには、今の場所から離れた遠くの知に触れ、持ち帰り、既存地との新たな組み合わせを模索する。その上でこれと思った組み合わせ、アイデアを深掘りして磨き込み、効率化・収益化をはかる。前者の「知の探索」と後者の「知の深化(Exploitation)」を高いレベルでバランスよく実践していく。これが「両利きの経営(Ambidexterity)」で、イノベーションを起こすには欠かせない概念だといいます。
競争力の罠に陥らないための3つのポイントとは?
しかし、日本企業はとかく短期的に効果が見込める目の前の 「知の深化」に偏向する、「競争力の罠(Competency Trap)」に陥りがちです。長期的なイノベーションに不可欠な「知の探索」を促すにはどうアクションを起こすか。入山氏は3つのポイントを挙げます。
1つは「物理的な移動により、自己の認知の外に積極的に出ていく」
「『発想力は移動距離に比例する』と言われるように、私の周りのイノベーターはとにかくよく移動しています。」コロナ禍で難しい状況下でも、オンラインツールを活用しデジタル上での「認知の移動距離」を伸ばすことを助言します。
2つ目は「失敗を許容すること」
iPhoneやMacBookを生み出したアップルのスティーブ・ジョブズ、AWSを創出したアマゾンのジェフ・ベゾスが、実はその裏に大量の失敗作があったように、イノベーションを生み出すためにはトライ&エラーを避けては通れません。
社員が失敗を恐れずに、「知の探索」に挑む環境を作るには、失敗か成功かで評価する紋切り型の評価制度からの脱却が必須だといいます。
3つ目は「『知の深化』をデジタルに任せること」
ムダなく確実にこなすべき「知の深化」側の業務は、得意とするAIやRPAなどを活用し効率化。ムダや失敗も多く、人間にしかできない「知の探索」に優秀な人材、基調なリソースを回し注力するべきと指摘します。
日本企業は「遠い未来への腹落ち」が足りていない
「知の探索」を進める上で、最も重要な経営学の理論として入山氏が挙げるのが「センスメイキング理論」です。
世界的な組織心理学者であるミシガン大学のカール・ワイクが提唱し、ポイントは「正確性(Accuracy)」よりも「納得性(Plausibility)」を重要視すること。
「もっと平たく言うと“腹落ち”を重視する理論です」と入山氏。正解が見えない中で、自社のビジョン、パーパス(存在意義)、未来の向かうべき方向を意味付け、社員はもちろん、顧客、金融機関なども巻き込んで“腹落ち”してもらう。このプロセスこそが、「知の探索」をイノベーション、デジタル改革につなげていく上で欠かせないと指摘します。
イノベーションを起こしている世界の経営者は皆、腹落ちの達人だとか。日本企業も今こそビジョンやパーパスを確立、浸透させ、遠い未来に向けた「腹落ち」の作業に取り組んでほしいと助言します。
また、入山氏はビジョンやパーパスを言語化する上で「SDGs」の活用を勧めます。「遠い未来は見えなくても、SDGsには10~20年先でも変わらない人類の課題が盛り込まれています。」
さらにSDGsの課題の中でも、近年、サプライチェーンの透明化の重要性が増しているとし、「サプライチェーンがグローバルで複雑さを極め、原材料調達における人権問題が取りざたされたように、ステークホルダーからの納得感を得ていく上でもサプライチェーンの可視化については早急に取り組むべきでしょう。」
第2次デジタル競争で“ものづくり・おもてなし大国”の日本に勝機あり
「変わる」ための好機と捉え、数々の課題を踏まえた上で、入山氏は、そのデジタル活用において、日本企業のチャンスを説きます。
「パソコンとスマホを主戦場としてきた第1次デジタル競争を経て、第2次の舞台はあらゆるモノがインターネットと接続されるIoT(Internet of Things)の戦いになります。」
その観点では、ものづくり大国である日本の製造業復権の可能性に加え、人間もネットに接続するIoH(Internet of Human)が進めば、サービス業にもデジタル変革が到来。世界屈指のおもてなし大国である日本は、ここでもチャンスをつかめるのではと力強く期待を寄せます。
自社ならではの強み、存在意義を発信しながら、いかに変容を遂げ、デジタルを活用しながらイノベーションにつなげていくか。その一つの指針として経営学も味方につけながら、取り組みを進めていきたいものです。