2030年の業容倍増へ向け、購買改革に先行着手
紀 積水化学グループとしてどのような中長期の目標を掲げていらっしゃいますか。
高原 積水化学は、2020年に「Innovation for the earth」という長期ビジョンを掲げました。ESG経営を中心においた革新と創造によって、社会課題解決への貢献を拡大し、2030年に業容倍増することを目指しています。具体的な数値目標は売上高が約2兆円(国内1兆円、海外1兆円)、営業利益が約10%です。
ビジョンの実現に向けて、経営資源をM&A、DXを含む設備投資、研究開発に積極的に投資する予定にしています。
2023年から2025年度の中期経営計画「Drive 2.0」では、企業価値向上への取り組みとして、「戦略的創造」「現有事業強化」「ESG経営基盤強化」の3つを挙げました。特に、ESG経営基盤の強化を加速させるためにはDXが必要だと考え、取り組みを進めています。
紀 具体的にどのような領域においてDXに着手されましたか。
高原 積水化学では、中長期の成長戦略と構造改革を下支えするのがDXだと考えています。DXのテーマとして「グローバル経営基盤の強化」「購買」「営業・マーケティング 」「リモートワーク」の4つを掲げ、なかでも「購買」に先行して着手しました。その理由は、会社全体として間接材への取り組みをしたことがなく改善の余地が大きいことや、購買改革はコスト削減率などによって分かりやすく数字で結果が出る領域だと判断したからです。
モデル3工場で効果検証後、国内全拠点に展開
紀 購買改革における直近の目標をお聞かせください。また、現在取り組みはどのように進められていますか。
高原 2028年までの長期目標として、「間接材購買金額の5%削減」「購買関連業務の25%削減」の2つを掲げています。
まず、3つのモデル工場で施策の実施と効果検証を行なってきました。現在は2ステップ目の国内全拠点への展開を進めています。この段階では、不適切購買の抑止によるガバナンスの強化と、集中購買によるコスト削減を意識しています。
積水化学には50社のグループ企業があり、そのうち24社への展開が完了したところです。早ければ2023年内に国内全拠点展開を完了し、2024年からはグローバル展開に着手していく予定です。
紀 積水化学様はなぜ比較的大きな工場を最初のモデル工場に選定されたのでしょうか。
高原 大きな工場のほうが改革の効果が大きいことと、大きな工場には社内のいろいろな部門が入っており網羅性があるためです。また、今後50社の改革を進めていく必要があったので、「大きな工場ができるなら私たちの工場もできる」という考え方を共有し、従業員に安心感を持ってもらうことも狙いの一つでした。
紀 大規模導入に向けては、 具体的にどのような工夫をされましたか。
高原 日本国内で導入する企業が50社あるので、8つのグループに分け、約2年間かけて実施しています。また、積水化学におけるCoupaの利用ユーザーは約2,700人に上り、全員への教育は非常に大変だったため、eラーニングを活用して各自の好きな時間に動画を視聴してもらうようにしました。利用ユーザーの役割に応じて学習時間やコンテンツを調整し、工場勤務の購買や経理担当の方には特に丁寧に理解していただけるよう工夫しました。
また、同じグループ内でも購買承認フローなど一部業務にばらつきがあったので、適切な購買を推進するためにもすべての購買をCoupaで統一し、上長承認を必須にしました。これは単にルールが厳しくなったのではなく、従業員を守るとともに、会社のガバナンス強化を図ることにも繋がっています。
カタログ活用や取引電子化により、業務効率化とコスト削減を実現
紀 続いて、購買改革を進めていただく中で見えてきた効果についてお聞かせください。
業務効率化の観点では、主にガバナンスの強化、カタログ活用による発注の効率化、業務自動化(タッチレス化)、平均80%を超える取引電子化に繋がっています。特に、電子取引化については、電子化されたものは文書保管の必要がなくなり、業務効率化に大きく貢献しています。
紀 取引電子化率の向上において工夫された取り組みがあればお聞かせください。
高原 工場担当者からの提案で、積水化学のサプライヤーに対して「2024年4月までにすべての取引を電子化する」宣言を行いました。取引先の方々に我々の本気が伝わったことで、取引電子化率が一気に上がりました。
紀 タッチレス化が進んでいるカタログ活用についても教えていただけますでしょうか。
高原 カタログ化比率の平均は40%ですが、工場によって比率が異なります。
例えば、A工場は28%と平均より低いですが、すでに多くのメーカーさんと直接取引をしている力のある工場で、無理にカタログを使う必要がありませんでした。一方、E工場は全体の取引量は少ないものの、すべての取引がカタログ購買となっています。それぞれの工場に合った取引方法を選択しながら、効率的な購買活動を進めています。
とはいえカタログ購買比率が増えると、発注書、入庫伝票、請求書の3点照合がタッチレスに行えるため、コスト削減とともに購買と経理の業務が効率化され、業容倍増の実現にさらに貢献できると考えています。今後は地域別の工場の特徴を考慮しつつ、カタログ化率を50%まで引き上げることを目標としています。
紀 カタログ利用率が高まることでコスト削減にも効果があったのでしょうか。
高原 2022年に全社でカタログ導入を推進することが決定し、現在はカタログ経由によるコスト削減率が約10%となっています。これはCoupaの運用費をまかなえるほどのコスト削減がすでに実現していることを意味しており、今後はコストセーブ分が利益となっていく計算です。
紀 間接材の購買金額にも変化が出てきているということですが、どのような変化がありましたか。
高原 2018年と2022年を比較すると、生産売上はほぼ同じですが、間接購買金額は約9%は減少しています。
すべてがCoupaの効果ではありませんが、Coupaを導入したことで購買活動が見える化され、工場の方々のコスト削減や効率化への意識が向上したことで、結果的にこのような成果につながったと考えています。
データの集約化で適正価格の見極めや不適切購買を防ぐ
紀 購買改革の今後の取り組み予定をお聞かせください。
高原 今後は「比較購買推進」「集中購買推進」「グローバル展開」「ガバナンス強化」の4つを予定しています。
比較購買推進においては、これまでは各工場や部署ごとに契約書や見積もりなどの情報が分散していましたが、今後はすべてをCoupa内に集約することを進めています。これにより、効果的なデータ分析が可能になり、カテゴリー別にどれだけの費用がかかっているかが把握できるようになります。さらに、適正価格を見極めるためにコストテーブルを作成し、コストドライバーの特定に活用していきます。
集中購買推進においては、今後はプロジェクト型運営ではなく、集中購買組織を発足させ取り組んでいく予定です。比較購買推進で特定したコストドライバーの分析を基に戦略を立て、統制の強化を進めていきます。
ガバナンスの強化では、CoupaのSpend Guard(AIがすべての支出をチェックし、不適切な支出やポリシーに抵触しそうな支出を自動検知する機能)を活用してルールから逸脱した購買を防ぐ仕組みを構築する予定です。これにより、海外を含めたすべての従業員の購買の透明性確保と適正な購買の実現ができることを期待しています。
購買改革を通してDXの理解を深め、全社の経営力向上へ
紀 最後に、全社の購買改革を進めていく上で大事だと思われるポイントをお聞かせください。
高原 児童労働問題など、ESGに配慮して取り組みを進めることが必要だと感じています。特に、間接材の購買においては多くのサプライヤーと繋がっているため、今後はESGに関する評価の仕組みをCoupa内に取り入れて、持続可能な取引を進めることを目指しています。
紀 積水化学様の場合は、現場のリーダーの方々のご協力なども非常に効果があったと思うのですがいかがでしょうか。
高原 導入時に力になってもらえるのが現場のリーダーだと思います。積水化学では各工場に3名の個性豊かなリーダーを配置し、彼らの強い発言力で進展している部分もあります。本社のデジタル変革推進部が無理やり進めるのではなく、工場ごとの個性を尊重し、リーダーが納得した方向性で進めていくことが大切です。
積水化学の購買改革は、2,700名の全社員がDXに触れる最初の機会だったと思います。この改革を通してDXへの理解を深めてもらうことで、DXが末端まで浸透していない状況だったところから全社の力になっていくと考えています。他の企業の皆様にも、効果を実感できる取り組みとしておすすめしたいですね。
紀 貴重な知見をご共有いただき、ありがとうございました。