資本主義から志本主義へ

SDGsは「Sustainable Development Goals」(持続可能な開発目標)の略称で、2030年までに達成すべき17の項目を示した国際目標。一方、名和高司氏が掲げる「新SDGs」は、企業が2050年を見据えて目指すべき方針を見つけるための方程式です。

「新SDGs」では、Sは通常のSDGsとほぼ同じく「Sustainability」ですが、Dを「Digital」、Gを「Globals」に置き換えています。この3要素をつなぐ共通基盤が「志」(Purpose)です。

「現在のSDGs目標は“規定演技”として当然に取り組むもので、その先の2050年を見据えたSDGsにとらわれない“自由演技”として、新しいアジェンダをそれぞれの企業がパーパスとして掲げることを提案しています」と名和氏は話します。

企業価値を高めるサステナブル経営~パーパス経営の社内定着と実行のポイント~ 

「企業は高いパーパスを持っていても、デジタルがないと実現は難しい」と名和氏。デジタルを活用して生産性や創造性を向上させ、サステナビリティとデジタルを組み合わせて考えることが必要だと強調されました。

ESGの先にある「CSV」を追求する時代

第一は顧客市場で、特にBtoC市場では「ライフシフト」が起こっています。人生100年時代に対応する新しいアジェンダが必要です。第二は人財市場で、「ワークシフト」が進行中。転職が一般的になっており、企業はパーパスを掲げないと、人財が集まらず定着しない時代になっています。第三はお金の市場で、「マネーシフト」が起こっています。サステナビリティを実践しない企業には資金が回ってこないと同時に、その先のインパクト投資に取り組んでいるかどうかが選ばれる基準となっています。

また、近年はESGの概念が広く知れ渡るようになりましたが、「ESG経営を実践しても企業価値が自動的に向上するわけではありません」と名和氏。SDGsは、ESGより一歩進んでいるようにも見えますが、SDGsの解決はトップライン(売上)が増えることにはつながっても、ボトムライン(利益)が損なわれます。

企業価値を高めるサステナブル経営~パーパス経営の社内定着と実行のポイント~ 

そこで名和氏は、さらなるステップとして「CSV(Creating Shared Value)」を提唱。これは、2011年にハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授によって提唱された、社会的価値と経済的価値を同時に実現するアプローチです。

「社会的価値はSDGsのような社会課題の解決によって向上しますが、それだけではビジネスは持続不可能です。従って、CSVでは社会的価値の提供と同時に、ビジネス活動によって経済的価値を高める方法を工夫する必要があります」

パーパス経営がもたらす4つの無形資産

パーパス経営が企業に利益還元されることを示すために、名和氏は以下の経営モデルを作成しました。

パーパス経営により、「売上の向上」「コスト削減」「無形資産の向上」「リスクの低減」の4つの効果につながると言います。

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コスト削減では、お客様のファン化により広告出稿が減らせるためにマーケティングコストが減少します。また、デジタル技術を活用することで、在庫の調達や固定費の効率的な活用などオペレーションコストを削減するのに役立ちます。

さらに、「最も下げられると言われているのが人件費です」と名和氏。一人ひとりの従業員の生産性と創造性が向上することで、今の人員でも売上を2倍から3倍に増やすことができ、相対的に人件費を減らすことができます。

また、リスクも低減すると言われています。特に、コンプライアンスリスクは近年多くの企業が直面しています。「私はガバナンスの究極はセルフガバナンスだと考えており、それを実現するためにはパーパスを共有し、会社に誇りを持つ社員が必要です。パーパスはコンプライアンス違反を減少させるための重要な要素です」と名和氏は話します。

長期的に考えると、無形資産の向上につながると言われています。具体的には、「ブランド価値」「知識価値」「関係性資産」「人財価値」の4つを指します。特に「関係性資産」は企業にとっても重要で、社会に良いことを行っていると社会から支持され、公共機関や他の組織からの協力が得られます。

「これらの無形資産は企業のバランスシートには現れませんが、将来の企業利益に影響を与えます」と名和氏。パーパス経営を実践する企業は、コストだと捉えるのではなく、無形資産に投資し、将来の企業価値の向上につなげていると言えます。

革命的なパーパスがDXを加速させる

DXの実践の中で最も重要なのが、シリコンバレーで使われている「MTP(Massive Transformative Purpose)」。これは巨大で革命的なパーパスを指し、創業の原点を尊重しつつ、2050年までの未来に向けてどれだけ遠くまで飛躍できるかを示す考え方です。

「MTPを現状から1桁、2桁も高いところに置くことで、従来の人力だけでは解決しようとせず、デジタル技術を活用していく必要性が出てきます」と名和氏は話します。

企業価値を高めるサステナブル経営~パーパス経営の社内定着と実行のポイント~ 

上の図では、MTPの前に3つのWaveを置いています。

Wave1は「自社変革」、Wave2は周囲を巻き込む「エコシステム変革」、Wave3は「事業モデル変革」です。これらはベストプラクティスを導入することで比較的実行可能な領域。しかし、真の経営課題は「Xのマネジメント、つまりビジネスの根本的な変革」だと言います。

今お金を生んでいる既存ビジネスにメスを入れることは大きなリスクですが、高いパーパスを掲げ、適切なツールを活用しながら既存のビジネスモデルを変革していくことが求められています。

アセットトランスフォーメーションで企業価値が向上

前章で登場したMTPを掲げる企業例として、名和氏は「味の素」を挙げます。

志を「食と健康の課題解決」と定める同社は、2030年までに達成する目標として 「環境負荷を50%削減」と「10億人の健康寿命を延伸」の2つを掲げています。そのために取り組んでいるのが“アセットトランスフォーメーション”です。

アセットトランスフォーメーションとは、「物的資産」「金融資産」の有形資産から、「組織資産」「人財資産」「顧客資産」の無形資産にシフトする取り組みのこと。

まず「組織資産」​​であるパーパスを社員に自分事化してもらい、その後「PX(People Transformation)」やCXに取り組むことで「人財資産」と「顧客資産」を増やし、無形資産をリッチ化しています。

特にPXにおいては「デジタルの専門家になる必要がありませんが、社内の人財がデジタルを活用できるようになってこそDXが自分事化され、推進されていくと思っています」と名和氏。同社では、社長自らもビギナーズコースを受講し、全社員のデジタルスキル向上に取り組んでいます。

企業価値を高めるサステナブル経営~パーパス経営の社内定着と実行のポイント~

このように無形資産を増やすことで、有形資産の軽減(アセットライト)への着手に成功。設備の軽量化や生産技術の委託化を進めたことで、ROEとROICが2年間で2倍になり、株価も3.5倍に上昇しました。その結果、金融資産も効率的に運用され、企業価値が大幅に向上しました。

「味の素の事例は、パーパス経営の実現には、目に見えない資産を増やし、アセットライトなアプローチを採用することが重要であることが示唆されます」

分散型自律組織をパーパスでつないだDACOが変革を起こす

組織や事業を考える際、大きく2つのアプローチがあります。一つは規模と範囲を拡大していくこと、もう一つはスキルとスピードを強化していくこと。しかし、この2つのアプローチはしばしば経済的なジレンマを引き起こします。

スタートアップから始まった多くの会社は、成長の過程で大企業のようになることがあり、これを「大企業病」と呼びます。一般的に企業の寿命は30年程度で、その後はメタボリックな状態に陥ります。一部の企業は成長し続けますが、その多くは自律し分散しています。これが、現在のWeb3で言われている「DAO(Decentralized Autonomous Organization)」(分散型自律組織)の世界で見られる特徴です。

一見、自律分散型の組織は活発に見えますが、大規模なプロジェクトには不向き。規模や範囲を広げた組織として「DACO(Decentralized Autonomous, but Connected Organization)」があり、「分散型自律組織を共通する“パーパス”でつないだ、イノベーションを起こす組織」だと名和氏は話します。

企業価値を高めるサステナブル経営~パーパス経営の社内定着と実行のポイント~

イノベーションは、エッジ(波打ち際)からしか起こりません。波打ち際で起こった「ゆらぎ」が「つなぎ」を通して伝わり、「ずらす」ことでイノベーションが起きます。

そこで重要なのが「インクルージョンパワー」だという名和氏。現場で生まれるクリエイティビティをすくい上げて「しくみ」に落とし、ワンチームとして活躍する力こそが今の日本には求められています。

企業変革はDXからMXへ

企業価値を高めるサステナブル経営~パーパス経営の社内定着と実行のポイント~

DXとMXの全体像を考える上で不可欠なのが、「ありたい姿」を示すMTP。まずは自社の「ワクワク」「ならでは」「できる」を考えた上で、“北極星”となるMTPを明確にします。次に、自社を内省し、「やっているつもり」となっている業務や、成長を阻む自社特有の課題を抽出。最後に、抽出された課題を克服し、MTPとのギャップを埋めるステップを踏むことが求められています。

「社員の自己変革の願望が前向きな変革へのエネルギーを生み出し、パーパス経営の要となります」と名和氏。

自社ならではの強みや存在意義を磨きながら、いかにパーパス経営を推進していくか。また、パーパス経営にどうデジタルを活用しながらイノベーションにつなげていくか。「志」と「変革」の取り組みを進めることで、企業価値を高めるサステナブル経営を推進していきたいものです。

企業価値を高めるサステナブル経営~パーパス経営の社内定着と実行のポイント~