「正解を出す」から「問題を見つける」

昨今、パーパス経営やサステナブル経営が大きなテーマになっています。その鍵を握るのがリーダーシップですが、現代のリーダーには何が求められるのでしょうか。

「昭和と令和ではリーダーに求められる内容が大きく異なる」と山口氏。リーダーシップに求められる価値は、以下のように変化していると話します。
 

  1. 「正解を出す」から「問題を見つける」
  2. 「顧客に応える」から「社会に応える」
  3. 「役に立つ」から「意味がある」
パーパス 経営の実践に必要な3つのリーダーシップとは 株式会社ライプニッツ・山口周氏

リーダーに求められる一つ目の価値は、「問題を見つける」ことです。

1960年代の日本の経済成長率は約8%から9%でしたが、2010年代の日本の経済成長率は1%以下。現代は1960年代よりも技術やお金、人材がはるかに多いにもかかわらず、1%も成長できていない理由を「価値を生んでくれる問題を作れなくなったから」だと山口氏は指摘します。

昔は個人的な困りごとや問題が顕在化しており、企業はそれに対する“正解”を提供することで成長できた時代がありました。しかし、今の日本では8割から9割の人たちが「特に困りごとはない」と答える社会になっており、顧客が自身の問題に気付きにくい状況になっています。

山口氏は、この「問題」という言葉を「ありたい姿と現状が一致していないこと」と定義。つまり、「ありたい姿がない人や組織は、問題を作り出すこともできない」と強調します。

「『リーダーが解決策を作り、リーダーが正解を出す』と思っている人が多いですが、リーダーがやるべき仕事は『ありたい姿を描いて、問題を作り出すこと』です。その問題が解きがいのある問題であればあるほど、その人や組織にお金や才能、アイデアが集まってきます」と山口氏。

ありたい姿を描く上で「私たちは何をしたいのか」「何をするための存在なのか」ということを考えていくことが重要で、そこから現状とのギャップを埋めるための問題を作り出すことが今のリーダーには求められています。

「顧客に応える」から「社会に応える」

リーダーに求められる2つ目の価値は、「社会に応える」ことです。

「顧客(の課題)に応える」ということ以上に、現代は社会全体の課題に目を向けなければいけない時代になりました。「企業が戦うべき相手を決める際には、SDGsの17カテゴリーやメガトレンドを切り口に考えると良い」と山口氏は話します。

パーパス 経営の実践に必要な3つのリーダーシップとは 株式会社ライプニッツ・山口周氏

社会課題に目を向けて成功した事例として、オランダのアムステルダムに拠点を置く「Fairphone(フェアフォン)」を山口氏は紹介します。

同社はスマートフォンメーカーとして10年間の歴史を持つ会社。彼らの主張は、スマートフォンはもっと長く使うべきだという点です。従来のスマートフォンメーカーは2年ごとに新製品を発売し、顧客に買い替えを促すマーケティング戦略を採用してきましたが、フェアフォンはこのアプローチが環境に負担をかけ、サステナブルではないと考えています。

そこで、スマートフォンの長寿命化を実現するために、ユーザーが簡単に自分でスマートフォンを分解し、必要に応じてカメラやバッテリーなどのコンポーネントをアップグレードできるように設計。これにより、最新のテクノロジーを取り入れつつ、長期間同じデバイスを使用できるようになります。

フェアフォンは持続可能な消費を奨励し、スマートフォン産業における環境への負荷を軽減することで、市場に一定の存在感を持つまでに成長しました。「これは、社会的価値と経済的価値が高次元で一致したケース」と山口氏は話します。

「役に立つ」から「意味がある」

リーダーに求められる3つ目の価値は、「意味がある」ことです。

20世紀においては、音楽を聞く、写真を撮る、部屋を温めるなど「役に立つ」ということが重要な価値とされました。しかし、現在の様々な市場で見られる傾向は、その市場において最も高機能で最も高効率で最も便利な製品が、一番安い価格で販売され、利益が出せていないという状況です。

その状況を分かりやすく示す例として、ドイツのカメラメーカー・ライカの事例を山口氏は挙げます。

ライカのグローバルにおける売上高は2000年以降で10倍以上に増加していると言われています。ライカのカメラ機能は限定的で、ズームや動画撮影、フラッシュ、手ぶれ補正などの機能はほとんど備わっていませんが、ボディ単体だけで100万円を超える高価なカメラです。日本のカメラメーカーは誰が撮影しても遜色ない写真が撮れるカメラを目指して商品開発をしていますが、ライカは真逆の方向を追求。結果的に、ユーザーの個性が際立つライカのカメラの売上が伸びています。

機能面での差別化が難しくなっている現代、ライカの成功は「『人生に豊かさをもたらしてくれる』という情緒的な意味を提供する製品への需要の現れ」だと山口氏。ここから、イノベーションは『役に立つ/立たない』と 『意味がある/ない』の2つの次元から捉えられると言います。

パーパス 経営の実践に必要な3つのリーダーシップとは 株式会社ライプニッツ・山口周氏

多くのイノベーションは「役に立つ」という機能面に焦点が当てられてきましたが、現代社会では「意味がある」ことが求められています。人々は意味のある体験や製品に価値を見出し、お金を支払う傾向があります。「今後のイノベーションにおいては、『意味がある』次元にフォーカスすることが重要な要素になる」と山口氏は話します。

それでは、“意味のないもの”に意味をつけるにはどうしたらいいのでしょうか。それは「顧客の価値軸を変える」ことが重要で、価値軸を変えるためには、「味方」「世界観」「敵」の3つが同じであると宣言することが大切です。

パーパス 経営の実践に必要な3つのリーダーシップとは 株式会社ライプニッツ・山口周氏

意味を転換させた事例として、山口氏は「THE BODY SHOP(ボディショップ)」と「BWM」の2つを紹介します。

  1. THE BODY SHOP
    ボディショップは、1976年に「動物実験を行わない」というメッセージを掲げました。従来の化粧品は「保湿力」や「アンチエイジング」など顧客のメリットを強調しましたが、ボディショップは「マイノリティの雇用」や「動物実験の未実施」など社会的意義を強調。これにより、既存の化粧品ブランドが「動物実験を行っている」というマイナスの意味を与える結果となり、「動物実験の有無」が顧客にとって価値のあるものとなりました。
  2. BMW
    BMWは、電気自動車i3の製造工場が風力発電で動いていることをマーケティングメッセージとして強調しました。製造過程のエネルギー源は顧客にとって直接的なベネフィットではありませんが、結果的に日本のメーカーが「火力発電に依存している」と意味付けし、顧客に工場のエネルギー源について考えるきっかけを提供しました。BMWは時代を見越し、サステナビリティに対する顧客の意識を取り入れ、意味の競争において成功を収めたと言えます。

パーパス 経営の実践に必要な3つのリーダーシップとは 株式会社ライプニッツ・山口周氏

これら2つの事例は「役に立つ」という機能面だけでなく、「意味がある」という社会的価値を提供することでイノベーションを起こした事例です。「ヨーロッパは意味付けが非常に得意な地域ですが、日本ももっとセンシティブにならないといけない」と山口氏は主張します。

存在感のある企業に共通する3つのポイント

昨今、存在感を示す企業の共通項として、山口氏は以下の3点を紹介します。

  1. 社会に対する明確なビジョンがある
    社会全体に向けたビジョンを明確に持っています。社内だけでなく外部からも、その企業が「何を目指してやっているのか」「どういう社会を作りたいのか」が非常に明快です。
  2. 顧客発ではなく、独善的なパーパスがある
    ビジョンやパーパスが、顧客から言われたものではなく、企業が独自に考え出したものになっています。20世紀では、顧客の要望に応じて問題を解決することがビジネスでしたが、現代の成功企業は自身の信念や理念に基づき、新たな市場を創造しています。例えば、テスラは「化石燃料依存に終止符を打つ」というパーパスを掲げていますが、創業当時の2003年には、環境に配慮して電気自動車に乗りたいと考える人はおそらく存在していなかったでしょう。
  3. 明確な“敵”を設定している
    パーパスやビジョンの裏に明確な“敵”を設定しています。“敵”が社会課題や社会問題であることで、より企業に存在感を与えます。例えば、パタゴニアは「大量生産・大量消費」を敵として設定しています。同社のビジョンである自然環境の保全を阻んでいるものを敵として設定することで、より社会からの共感が得られやすくなります。

パーパス 経営の実践に必要な3つのリーダーシップとは 株式会社ライプニッツ・山口周氏

パーパスの作り方には、ポジティブな要素を増やすアプローチと、ネガティブな要素を解消するアプローチがあります。革命が成功する場合、通常、はっきりとした“敵”が存在します。「パーパスを考えるにあたっては、誰が味方で、何と戦っているのかを明確にすることが大事」と山口氏は主張します。

ビジネスに「人間本来の衝動」を取り戻すことがリーダーの役割

リーダーシップについて考える際、「『アニマル・スピリッツ』(経済学者・J.M.ケインズ)と呼ばれる『人間本来の衝動』を取り戻すことが重要」と山口氏は指摘します。

現代のビジネスでも、成功した企業はこの人間が持つ衝動を活かしています。例えば、IKEA、テスラ、Googleなどの企業は、社会に疑問を持ち、問題を解決する衝動から生まれました。この衝動が共感を呼び、同じ問題に共感する仲間が集まりました。

今の日本企業においては「エンゲージメント」の低下が課題とされており、従業員が仕事に意味を見い出せていないケースが増えています。そのため、リーダーには自らの喜怒哀楽の感情を伝え、仲間たちに共感を呼び起こすことが求められています。

パーパス 経営の実践に必要な3つのリーダーシップとは 株式会社ライプニッツ・山口周氏

パーパス経営を押し進めていくためのリーダーの条件として、「問題を見つける」「社会に応える」「意味を作る」の3つを紹介した山口氏。リーダーはビジネスに「人間本来の衝動」を取り戻し、パーパス経営を実践できるのか。これからのリーダーの在り方に期待が寄せられます。