2025年7月29日に開催されたCoupa主催のイベント「Inspire World Tour Tokyo〜持続的成長を実現する支出変革とAI活用の未来〜」に、ヤマト運輸株式会社(以下、ヤマト運輸)の押尾康太郎氏が登壇。ヤマト運輸は2023年12月から約2年半にわたり調達改革に取り組み、2025年8月12日にCoupaプラットフォームの稼働開始を控えています。
今回はプロジェクト推進者の一人である押尾氏に、導入パートナーのKPMGコンサルティング株式会社(以下、KPMG)の三宅佑輔氏を司会進行役、Coupa株式会社の猪又昴を聞き手として、Coupa導入の背景やCoupaを用いた課題解決、今後の展望についてお話をうかがいました。
調達改革における6つの視点とヤマト運輸の課題
押尾氏はまず、調達改革を進めるにあたって重視していた6つの視点を紹介。6つの視点とは、①調達改革で最も重要とされる調達機能の分離、②スケールメリットを生み出す集中購買、③サプライヤー選定などのソーシングプロセス、④QCD達成のためのサプライヤーマネジメント、⑤コンプライアンス、⑥SDGsです。
押尾氏はこれら6つの視点から、ヤマト運輸が抱えている課題と、調達改革によって目指したい状態についてそれぞれ説明し、改革の必要性を示しました。
①機能分離(調達部門の独立)
課題と現在地:各事業部門が欲しいものを自部署で購入しているため、QCDのクオリティとデリバリーパフォーマンスの要素が強く、バランスに偏り
→各部署に散らばる調達業務と人員を調達部に集約し、直接的に業務とコストをコントロール
②集中購買(スケールメリット)
課題と現在地:繰り返し購買される間接材に関しては、市場調査で品目ごとに細かく単価を比較してカタログ化が図られており、コスト競争力の比較的高い調達ができていると評価
→事業戦略性の高い物品およびサービス(直接材)調達の領域にも展開
③ソーシングプロセス(競争環境・ノウハウ)
課題と現在地:事業部門の個別最適化の中で、競争環境が限定的。購買にかかわるノウハウやサプライヤーとの関係性が部署ごとに点在、属人化
→入札参入企業の新規開拓(Open Bid)、交渉ノウハウなどの共有に向けたレコード管理
④サプライヤーマネジメント(QCD管理)
課題と現在地:QCDバランスの不均衡。購入品の品質不具合について、事後の再発防止が基本となっており、体系的な未然防止が不十分
→委託先監査等の実施記録、QCD(総合品質)評価の記録管理(サプライヤーカルテ)
⑤コンプライアンス(下請法対応)
課題と現在地:政府による「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化パッケージ」への対応により、定期価格協議を実施。過去の審査で膨大なメールをPDFファイルにして提出した経験から、交渉履歴の記録が必要
→交渉プロセスの透明性の向上、監査対応に向けた交渉プロセスの履歴管理
⑥SDGs(サステナブル調達)
課題と現在地:GHG(温室効果ガス)のスコープ3排出量の算出。サプライチェーン全体での人権デュー・デリジェンスや環境負荷低減を推進
→多くのサプライヤーとのコミュニケーションをより簡便かつ網羅的に実践できる環境構築
調達活動の一元管理から業務の標準化へ方針転換
これら6つの課題を踏まえ、今回ヤマト運輸が調達プラットフォームの導入に至った背景には何があったのでしょうか。
押尾氏は「調達改革の最重要な視点として先に挙げた『①機能分離(調達部門の独立)』の方針変更を迫られたため、プラットフォーム導入による業務の標準化を目指すことになったのが背景です」と説明します。
「当社の費用規模はおよそ1兆7,000億ですが、2021年にグループ調達部が発足し、調達改革をスタートさせた時点では、調達部がグリップしていた金額は600億でした。一般的に本社の調達部というとかなり影響力の強い部署であることが多いのですが、当時は1兆7,000億のうちの600億しか触れられていなかったわけです」
この600億を3年かけて4,000億まで伸ばしていく目標を立てましたが、実際ふたを開けてみると800億程度にとどまり、4,000億には届きませんでした。これには、調達改革とは別に2022年から走り出した本社のスリム化による部門縮小も影響したと押尾氏は分析します。
調達部の計画では、4,000億をグリップするため、各事業部に散らばっている調達の人員と業務を調達部に移し、もともと40名だった人員数を3年で80名まで増やす予定でしたが、スリム化により方針の転換を迫られることになりました。
調達部門が直接的に全ての調達活動をグリップする方針から、各部署がより価格競争力の高い調達業務を適切に実践できるような環境整備へと、改革アプローチの軌道を修正。しかし、各部署の調達業務に対する支援体制の構築は手数がかかるため、プラットフォーム導入による業務の標準化を目指すことになりました。
担当者の明確なビジョンと熱意で立ち上げを加速
今回のヤマト運輸のCoupa導入プロジェクトは、2023年4月から約半年間セッションを積み重ね、同年12月に開始というスピード感あるスタートとなりました。この理由を「Coupaに話を持っていく前に、社内ですでにコンセンサスを取れるような土台ができていたから」と押尾氏は説明します。
「2021年度末時点で、経営層の一部メンバーには『今のやり方では厳しい』という問題提起をしていました。猪又さん、三宅さんにお会いする1年前のことです。2022年度もプラットフォームの導入を含め、目的達成のための手法を提言していましたが、経営層となかなか折り合わなかった。しかし折り合わないながらも、1年かけて議論を重ねてきたことが、今回のスピーディな判断につながりました」
プロジェクトが立ち上がるまでのフェーズはプロジェクトの成功を左右する重要な段階であるものの、どうしても時間がかかりがちです。立ち上げ前のフェーズを加速化するポイントについて、「プロジェクトに関わる担当者が明確なビジョンと熱意を持ってあたることが大切である」と押尾氏。「40名いる調達部の中の3名が担当者としてかかわったが、これだけ大きなプロジェクトを成功させられたことは評価できる」と自負しました。
これを受けて三宅氏も、押尾氏を含めた3名の担当者の意気込みや覚悟は初対面のときから感じられたと、当時を振り返りました。
Coupa選定の決め手は優れた機能性とデモ環境
調達改革のアプローチ変更によりプラットフォーム導入を目指すことになったヤマト運輸が、最終的にCoupaを選んだ理由は何だったのでしょうか。
これについて押尾氏は、1つに機能面を挙げます。
「調達部門が一元管理するのではなく、各事業部が責任をもって調達していく場合、承認プロセスが複雑になります。特に当社のように大きくかつ変わりやすい組織でも実装できるのかどうか。また、サプライヤー預かり在庫の管理機能や、交渉履歴の保存機能のほか、最も大事だとされるユーザビリティなどについて、当社が出したRFP(提案依頼書)には56の項目がありました。Coupaのシステムはそのうちの53項目をクリアしていたんです」
もう1つは、他社がサンプル動画を用いての説明だったのに対し、Coupaだけがテスト環境を作ってきた点だと押尾氏。「当社の要望を何でもその場でデモしてくれたのが決定要因として大きい」といいます。
ヤマト運輸の調達改革のパートナーとしてKPMGとCoupaが選定され、最初の共同作業となったのがプロジェクトの命名です。プロジェクトを進めていくにあたって、プロジェクトに対するロイヤリティを醸成し、ワンチームとして結束するには、プロジェクトに名前があったほうがよいと、KPMGの三宅氏が提案。
「加速度的にヤマト運輸の調達改革をやっていこう」という意気込みと、ワイワイ・ガヤガヤ楽しく取り組めるよう期待を込めて、『CHATTY(チャッティ、Coupa Harmounious Accelerated Transformation Tailored for YAMATO)』と命名されました。
日本の商習慣への適応をCoupaに期待
続いて押尾氏は、実際にCoupaを導入して解決したい2点の個別課題事例と、プロジェクト中にCoupa側に機能改善を要望し採用された事例について紹介します。
<課題事例1>
各事業部で見積およびサプライヤーの選定をして承認を求めてきた場合、財務からは相見積の有無や価格の妥当性がよく分からないため、上流で走り始めた見積をキャッチアップしたい。
この課題に対しては、2つのパターンを想定してCoupa上に承認フローを組み、ガバナンスの強化を図ります。
①要求部署が自力でRFPをドラフトする場合
最初に決裁権限基準を選び、財務・調達を経由しない事案はそのまま送信。財務・調達に回付されるものはRFPの内容を点検し、適宜事業部に返す、あるいは調達部門でコンペを実施
②RFPのドラフトから調達部門に依頼する場合
調達部門が見積もり、イベントを作成
<課題事例2>
システム上、決裁情報はPDF化されるため、表題と最終金額の合計値しかデータとして取り込めず、コスト分析ができない。
この課題に対しては、Coupaで各明細について細かく設定することで、幅広いコスト分析を行います。合計金額以外にも、例えば輸送費はA社が強い、本体以外はB社が強いというように、ミクロな分析が可能です。「こうしたコスト分析結果を調達戦略に活かしたい」と押尾氏は話します。
<機能改善事例>
請求書の形式が、日本式の月末締め翌月末払いに対応していない。
Coupaはもともと欧米のシステムで、1PO1インボイスが主流です。これに対し日本では、月末締め翌月末払いの商習慣に則り、毎月発生するPOは1枚のインボイスにまとめたいというサプライヤーが多かったといいます。
「1PO1インボイスには月末に業務が集中しないといったメリットもありますが、まずはサプライヤーにオンボードしてもらわないことには始まりません。そこで当時のCoupaのトップに直談判して、実装してもらえることになりました。Coupaには、これからも日本の商習慣への適応強化を期待します」と押尾氏。
これに対し三宅氏も、「Coupaの長所の一つは顧客の要望をしっかり取り入れるところ」であると強調。Coupaの猪又も「日本の商習慣上必須の機能拡充については前向きに検討していくので、いろいろな意見をいただきたい」と呼びかけました。
まもなくCoupaがリリースされるヤマト運輸ですが、システムが導入されたからといって自動的に改革が進むわけではありません。まずは調達案件に対するCoupa使用の呼び掛けやテスト環境を使ったトレーニングといった“草の根運動”に取り組むことで、社内の風土改革を始めているといいます。
押尾氏は「長いスパンで見ながら、次の中期にはCoupaを通じたコスト戦略を入れられるようにしたい」とビジョンを語り、セッションを締めくくりました。